※ 魚津水族館学芸員 稲村 修氏『ホタルイカの発光の目的に迫る』より抜粋
はじめに
ホタルイカは腕発光器、皮膚発光器。眼発光器と呼ばれる3種もの発光器を持ち、その構造や化学的な研究は多い、しかし、一般から最も興味を持たれる発光の目的については、未だに明確にされてはいない。
ここでは「なぜ、ホタルイカは光るのか…その目的…」について、若干の知見を紹介する。
ホタルイカ(図1)はホタルイカモドキ科に属する小型のイカで、古くから富山湾の特産とされる。毎年、春になると産卵のために接岸する群れを沿岸に敷設した小型定置網で漁獲しており、重要な水産資源となっている。また、その名が示すとおり、発光するイカとしても知られ、生きた状態でホタルイカが大量に入手できる富山湾は、ホタルイカ研究のメッカとして多くの研究者が訪れている。
ホタルイカを始めて報告したのは、当時の東京帝国大学理科大学教授であった渡瀬庄三郎博士で明治38年(1905年)に富山県を訪れて観察を行い「螢烏賊の発光器」と題して3種の発光器を記録している。
ホタルイカの3種類の発光器
- 腕発光器
長径1.4mm、短径1mmで、新鮮な標本の発光器内部には、淡いコバルトにエメラルドグリーンを加えたような色彩の美しい物体がある。その表面には2~3 層の相重なる大型の濃褐色色素体があり、絶えず収縮や拡張をしている。その光はプルッシアン・ブリューに僅かのバープルを加えた美しい色で、光力は強く他の発光器を幻惑するに足る。 - 眼発光器
眼蓋を破り露出させた眼球の腹側に、縦に5個が1列で並んでいる。両端の2個が間の3個より少し大きい。発光器の色は白く真珠のようだが、発光は弱く、色も皮膚発光器と類似している。 - 皮膚発光器
胴部と頭部の腹面及び漏斗の腹側両面、さらに第3、第4 の両脚に微小な発光器が多数散在している。大きさには多少の差があるが、いずれも形状や構造が等しく同一と見なせる。外套膜(がいとうまく)にあるものは腹側半分に限られ、配列は不規則だが各間隔はほとんど等しく、側方と後方へ行くにしたがい多少粗となる。新鮮な発光器の中央にある美しい発光体は、初めは藤紫あるいは紺青だが、しだいに変色して緑色を帯びる。発光器の周りを濃褐色或いは暗紫色の色素体が覆っており、中央部が目の瞳孔のように開いており、これは多少伸縮する。発光は腕発光器に比べ色白く、光力は甚だ劣る。
腕発光の目的
ホタルイカの腕発光器(図3)の目的について初めて記されたものは、明治38年に渡瀬庄三郎が富山県師範学校で講話した際の記録である。それによると、静かな場合は発光せず、外界及び他物の刺激に応じて発光する。即ち、急に強い光を発して来襲した敵を威嚇して、自己の安全を守るのが主目的であると述べている。
渡瀬の外敵に対する威嚇説は、その後、ずっと引き継がれてきている。筆者も腕発光器の目的として外敵を驚かせたり、目くらましの役目と考えていた。
しかし、魚津水族館で水槽内のホタルイカを捕まえて、その刺激で腕発光器を光らせて見せる展示を行っている際に、意外なことに気がついた、ホタルイカは捕まえられた刺激で腕発光器を光らせることもあるが、捕まえられた後で逃げるときに発光することが多いのである。さらに、発光するのは瞬時で、直後に光を消して逃げていくのである。
そこで、暗室内に設置した小型水糟に、生きたホタルイカを1個体収容し、ホタルイカの感じにくい赤色光の下で観察実験を行った。
刺激を与えての腕発光器の発光を3回行った結果、いずれの場合も瞬間的な発光の直後に光を消し、その時の腕発光器は黒色色素に包まれていた。
また。発光後、再び黒色色素が収縮して発光体が露出するまでには、8分40秒、5分40秒、6分15秒かかった。この時点での腕発光は認められなかった。
以上のことから、ホタルイカは刺激を受けると逃げるが、その際に腕発光器を一瞬強く光らせ、直後に光を消して逃げる習性が明らかになった。そして、腕発光器を覆う黒色色素は、腕発光を瞬時に消すために使われていることが確認された。
皮膚発光の目的
皮膚発光器(図6)の目的について渡瀬(1906)は、体の下半面の光で長時間連続して働き、ほとんど反射作用の観を呈しているで、上からは見えず、下方から見える。これは群れをなして泳ぐホタルイカにおいて、上方を泳ぐ個体の光が下方を泳ぐ個体への信号となっていると述べている。
イカ類の皮膚発光器の役割については、Young and Roper(1976) の実験によって、体の影を消すことが目的というのが定説になっている。
筆者もホタルイカの皮膚発光器の観察を行い。皮着発光器の分布は体の下方中央部が密で側面からさらに背面近くに行くにいたがって疎になっていることや、背面近くにある発光器の向きが体の側方を向いていることから、下面や側面からも背景への溶け込みに役立っていると推測した(図7)。
眼発光の目的
眼発光器(図8)の目的について渡瀬(1906)は、腕発光、皮膚発光と区別され、この位置によって頭、尾を知ることができるので、体の方向を示すのに要するのであろうとしている。
しかし、筆者が生きたホタルイカで観察したところでは、眼発光は確認できていない。皮膚発光を撮影した写真でも眼発光が写っているのはない。
一方、眼球を眼窩から取り出すと発光することが確認できることから、発光器として機能できることは問違いない。一般にユウレイイカやサメハダホウズキイカなど眼球に発光器を持つイカ類では、大きな眼球の影を消していることが推測されるが、ホタルイカの眼発光器は眼球に比して小さい。また、成長したホタルイカの眼球の腹面付近には皮膚発光器が発達している。外套長約15mmの稚イカを観察したところ、眼発光器はすでに完成されているが皮膚発光器はまだ十分には発達していなかった(図9)。
発光の目的(まとめ)
これまで述べてきたように、ホタルイカの発光目的については推測が多い現状であるが、あえてその目的に迫ってみたい。
- 腕発光の目的については実験によって観察された結果から、外敵に瞬間的な強い発光を見せてから消して逃げるという、いわぱ「光を使ったオトリ」が主目的と考えられる。
- 皮膚発光器は、体の影を消して背景への溶け込みをする「光を使った保護色」的な役割が主と考えられる。
- 眼発光は成体において発光が確認されていないことや、眼発光器付近における皮膚発光器の発達を考えると、発育途中で眼発光器の影を消すのに役立っている可能性が考えられる。
おわりに
生きたホタルイカが多量に入手できる富山湾のおかげで、ホタルイカの研究が進んできた。
まだまだ、多くの謎が残されているホタルイカだが、自然界での観察や、稚イカの育成など、発光の目的を明らかにするために残されている仕事や課題は多く、今後の研究の発展を望むところである。